パリの日本人

パリ市内の中でも特に閑静な15区の住宅街にある
サダハルアオキのセギュール店。

この店は常連客の比率が非常に高く、多い人で
2〜3日に一度、それ以外でも2週間に最低一度の
頻度で来店される客が大半だという。

フランス人は自分のお気に入りのお菓子をずっと食べ続ける人たち
が多いのだが、この店の客層は場所柄、洗練された舌を持つ年配の
マダムが多く、その傾向は一層強まる。
一旦気に入らなくなると、途端にそっぽを向いてしまう通人たち。
そんな彼女たちに、

「気がついたら食べたくなるのよ」
「身体が欲っしてるの」

と言わせてしまうのがサダハルアオキのお菓子である。
お菓子の本場パリには、世界中から集ったトップレベルのパティシエが、
しのぎを削っている。

その中で、フランス・パリを代表するパティスリーの一つが
「パティスリー・サダハルアオキ・パリ」なのである。
2016年現在、この街に1号店を開いてから15年の歳月が経つ。

パリっ子にとって、サダハルアオキは
「ユニークで珍しい日本人のパティスリー」ではなく、
「わたしの街にとって欠かせないパティスリー」として認められ、
定着している。

フランス代表の日本人

サダハルアオキが東京を後にして
フランスに渡ったのが1989年。

幾つかのバティスリーやレストランを
渡り歩いて研鑽を積みながら、1995年、ついに
シャルルブルースト・コンクールの味覚部門で
優勝を果たす。

当時はまだ雇われのパティシエで、
サダハルアオキが自らの会社を立ち上げるのは、
優勝から3年後の1998年。その期間、法人設立に
必要なフランス政府発行の外国人労働許可証の
申請を繰り返すのだが、なかなか受理されなかった
のが遅れた理由。

ところが、許可証が降りる1998年以前に、
サダハルアオキは既にフランス代表として、
国外のバティスリーイベントに2度ほど参加している。

いずれもフランスお菓子業界の重鎮、ベルティエの
マダムがその腕前を見込んで保証人になってくれた
おかげである。

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フランス最優秀
パティシエ賞(ビュドロ)と
5タブレット(C.C.C.)

ミシュラン、ゴー・ミヨと並ぶ、
フランス3大グルメガイド「ビュドロ」。

サダハルアオキは2011年、同誌より
「フランス最優秀パティシエ賞」を受賞。

同じく2011年、フランスの権威ある
ショコラ愛好会「C.C.C(.クラブ・デ・
クロクール・ドゥ・ショコラ)」より最高位で
ある5タブレットを受賞。
2009年から2年続いた4タブレットの末、
ついに3度目の挑戦で見事最高位を獲得
するに至った。

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サダハルアオキの信条(プリンシパル)

サダハルアオキのお菓子づくりの根底に流れる基本姿勢は、
「お菓子を通して人を喜ばせたい。時に驚きと共に、
時に感動と共に、人を楽しませたい」というもの。

これが彼の原点であり、エンジンであることに揺るぎはない。

そんなサダハルアオキが自分のお菓子やお店を通して
日本のお客さまに伝えたいことは明解だ。

自分同様、フランスが大好きな日本人に対して、
現在のパリっ子がおいしいと認めている
リアルな味やライフスタイルを時差無く届けたい。

だから、サダハルアオキの日本の店は日本に
瞬間移動したパリ空間であり、来店したお客さまが
リアルタイムのパリの空気を感じられる場なのである。

サダハルアオキのお菓子づくり

サダハルアオキは自身のお菓子づくりにおいて、
「生地を食べてもらうためのお菓子」を信条としている。

かつてフランスにまだ冷蔵庫がなかった時代のお菓子屋の光景。
そこに陳列されているのは、フルーツケーキ、田舎菓子、焼き菓子、
少量のショコラといった常温で置いておけるものばかりであった。

今のように冷蔵ショーケースがない時代には生ケーキは
つくりたてをほんの少し並べる程度。
サダハルアオキのフランス菓子の原風景もそこにある。

だから、サダハルアオキのお菓子は生地が主役だ。

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パティシエの存在理由とは、フルーツを一個つまんで食べただけでは決して味わえない、生地と一緒に食べて初めて体験できる一体感をつくり出すこと。

フランス語でお菓子職人を意味するパティスリーは
「生地」を意味する「パート(Pate)」が由来。
つまりパティスリーとはそもそも「パート(生地)の
スペシャリスト」という性格を持つ。

生地をクリームの整形を保つ土台としてとらえている
パティシエもいるが、サダハルアオキのお菓子の約9割は、
先に生地ありきだ。
まず食べて欲しい生地を考えて、次にどういうクリームと
共に味わってもらうか、と発想する。
それがアオキ流のお菓子の組み立て方である。
だから、どのお菓子も生地のボリュームはしっかりと多めだ。

サダハルアオキのシュークリームを食べてみると
一層それが実感できる。
巷に多い“柔らかい生地にたっぷりのクリーム”の
シュークリームとは別物のそれは、口に入れた瞬間、
まず“カリッ”とした生地の粉の香ばしさが立ち上がり、
次にクリームが“スーッ”と入り込んで程よく絡んでくる。

サダハルアオキのお菓子とは、
生地を楽しむお菓子なのである。

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素材との向き合い方

サダハルアオキにとって、食材のより源に近づきたい、素材の本質に触れたいと思う気持ちは強まるばかりである。
その結果、現在では、複数の食材を市場や問屋を通さず直接産地から仕入れている。

エシレ村産バター、イタリアビエモンテ州の栗、
南米ベネズエラのカカオ、愛知県西尾市の抹茶…。

いずれも自ら産地に出向き、試して交渉して関係を構築した成果である。アオキの味への探求は軽々と国境や言語を越えて、今も広がり続けている。

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抹茶

サダハルアオキが使用する抹茶は、
愛知県西尾産。日本全国から様々な
抹茶を取り寄せ、パリで使用して
いる材料との相性を試した結果、
この抹茶に行き着いた。

例えばエクレア。
開発当初はクリームにおける抹茶の分量が0.3%だったのに対し、8年経った今では1%以上に変化。
抹茶はそのタンニン、渋み、喉の奥で感じる苦みこそを味わって欲しいというサダハルアオキの今の結論だ。

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バター

パリのアトリエで使用している
バターは、フランス西部ボワトー・
シャラント地方のエシレ村産バター。

ここで作られるバターはフランスで
一番といわれる程で、しかも出来立て
直送のため、鮮度も抜群だ。
アトリエには毎週25kgの塊が届く。
フランスのバターは製造工程中に乳酸菌を添加して熟成させた発酵バターのため、「乳酸菌の匂いが良く、まるでミルクが凝縮したヨーグルトのようなもの」とは、サダハルアオキ独特の感性だ。

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チョコレート

2009年に本格的にショコラに取組む
にあたって、採用したチョコレート
メーカーはイタリアのドモーリ社。

本社のあるトリノまで何度も通っては
創始者のフランゾーニ氏と語り合い、
サダハルアオキ流クーベルチュールの
開発に結実した。

ガナッシュ用にはマダガスタル産のトリニタリオ種とベネズエラ産のクリオロ種、上掛け用にはエクアドル産のナショナル種を使い分ける。

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小麦粉

日本は餅の文化。
だから食パンの場合、もちっとした
食感が好まれる。
一方、フランスではカリッとした食感
が好まれる。これは小麦粉の違いが
要因。

フランスの小麦粉は日本のものと比べ
精製度が低いため粒子が粗く、だからこそ粉のもつ独特な香りやうま味が生きてくる。
シンブルなお菓子になればなるほど、バターと同じくらい粉のうま味が直接味わえる。

サダハルアオキのいう「小麦粉はテクスチャーを食べるもの」は、ここから来ている。

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フルーツ

甘みが重視される日本のフルーツと
比べ、フランスではどちらかというと
香り重視。
さらにサダハルアオキの場合、フルーツ
には酸味を求める。
「甘みは後からいくらでも加えられる
のに対して、 酸味はフルーツ独自の
個性そのものだから」。
パリの築地市場に当たるランジス市場には、今が旬の完熟状態のフルーツが並ぶが、味に凝縮感のある香り・酸味の陰影が強いものを選んでは、合わせる生地を想像する。
素材本来のおいしさを、いかにオリジナル以上に引き出すか。
サダハルアオキの基本姿勢だ。

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アーモンド

風味、香りともに世界一と称される
スペイン産アーモンド。
アトリエでは、地中海沿岸バレンシア地方
で収穫されたものを使用している。

ごくわずかながら、自然由来のビター
アーモンドが混じっているため、独特の
素晴らしい香りとうま味があるのが特徴。

「アーモンドを味わってもらうお菓子のマカロンには、このアーモンドが欠かせない」
とはサダハルアオキの弁。

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青木 定治

1968年東京都生まれ。青山「シャンドン」を経て、91年単身パリへ。

「ジャン・ミエ」、「レストラン メディテラネ」、スイス「レストラン ジェラルデ」でキャリアを重ね、 96年、フランスのシャルルプルースト杯味覚部門で優勝。

98年、パリにアトリエ開設。パリ市内のサロン・ド・テやレストラン、ホテルなどにプティ・フールやアントルメを中心としたお菓子を提供、 さらにパリコレクションでは数々の一流グランメゾンにお菓子を提供し、大きな話題に。

2001年パリ6区サンジェルマンに念願の店舗「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」を開店。

03年にはパリ5区に2号店、パリ9区のギャラリー・ラファイエット内にコーナーをオープン。

08年にはパリ15区に4店目を開店。
その商品のモダンさと昔ながらの伝統的な納得の味が地元っ子に喝采を浴び、今では誰もが認めるフランスのパティシエとして、その人気は定着。

07年、世界最高の菓子職人の組織「ルレ・デセール」のフランスメンバーとなる。

11年にはフランス最優秀パティシエ受賞、農林水産省料理マスター受賞、サロンデュショコラアワード受賞、パリ市庁賞と次々に受賞。
フランストップ5ショコラティエに選出される。

16年、サロンデュショコラ内の品評会において3度目の最高位「LES INCONTOURNABLES」(14年より新たに設けられた、「アワード」より上位のショコラティエに与えられる最高位)を受賞。これにより最高位受賞は6年連続となる。

現在、世界で最も注目される日本人パティシエの一人。

Boutique 店舗情報

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